書きたいことを書きたいときに

日々思ったこと、感じたことを整理する為に書いています。

3月、この時期。

こんにちは!


「お前の顔は、
   中の上ってところだね♫」 


と父に言い聞かせられ育てられた


中之上(ちゅうのじょう)30代です。




震災から10年たったそうです。
3月11日に近づいていくにつれて
テレビで震災についての特集が増えていってるなー。と思ってました。


中之上の兄は、東北の震災が起きた1週間後に、
自分で命を絶ち、26歳で亡くなりました。


人がある日一度にたくさん亡くなって
天国では、神様の前に大行列ができているんやろうか・・・・
なんでまたそんな大混雑するときにお兄ちゃん。
なーんて思ったことを、ぼんやり思い返していました。



そしてなんとなーーく。
あ、ここんとこ心の調子わるいわ。
と気がつきました。

瞑想とか深呼吸とかするようにしているし、

日常生活で特段嫌な気持ちになる出来事もない。


でも、イライラする。不安になってくる。不機嫌になる。暗い気持ちになる。


といっても、
”兄ちゃんが亡くなった時期だから”
なんていう、
ざっくりしたくくりでまとめられるものではないのです。



それに、お兄ちゃんの死については
いままでにいくらでも考えてきたし、
どんな受け止め方が自分の正解なのか
模索してきたのです。


その中で、気がついた事。
死ぬということは、生きることを証明してくれるような存在で
決してすべての終わりってことではない。
肉体が生きている、という状態だけが全てではないし、
生と死の物理的な状態が、変化するだけで


私のこの人生で、彼が優しいわたしの兄であることは変わらない。
親にとって家族にとって大切な存在であることに今後も変わりはないと。



いつか、TEDという米スピーチ番組?の中で
夫を亡くした女性が話していたことにしっくりきたのを思い出しました。


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「私は彼の死後、新たなパートナーと再婚したわ。
  そうすると、周りの友人たちはこう言った。


  ”あなた、彼の死を乗り越えたのね。新しい人生、本当におめでとう”って。


  私は、それを不自然に思ったわ。
  私は亡くなった彼を いないもの なかったもの にしたっていうの? 
  死を乗り越えるということは、彼の死を、存在を忘れ去ることなの?と。


  それは違う。


  今のわたしは、彼の死と共に生きているの。
  いまでも、変わらず彼を愛している。もちろん、あたらしいパートナーもよ。


  私にとって彼の死は私の人生の一部なの。
  消えることはないし、
  その悲しみを忘れようとする必要は一切ないわ。」



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と、たしかこんなような事をいってました。



未だに、兄が見ていた景色、特に自死を選ぶに至るまでの
生きづらさや苦しみ悲しみの
本当の真実は家族の誰にも分からないんです。


だって私たち、別々の個体だから。


それでも、
彼が見てきた人生の景色をいまいちど想像してみたり
彼のことを色々と思い出して
やっぱり、素朴で素直で優しい人だったな。とか。


小さいころから、”変わった子”って言われてくくられてきてたけど
確かに独り言やデカすぎる鼻歌に
「うるさーい!」って中之上も怒ったことあるけど、


愛されるべき人だったな、とか


終電で乗り過ごした私を、電話すれば何度だって夜中に
無人駅まで迎えにきてくれたな、とか


不仲の両親や親戚からの迷惑すぎる恩恵を、
唯一同じような立場からみれる仲間だったな、とか


なんであのとき、彼は眉毛を全部そっちゃったんだろう、とか
次の日、母に描かれた眉毛が美しすぎてギャグだったなーとか
(中学時代、ヤンキーとは程遠いキャラのくせに突然思い切ってみたらしい)


暗いものから、おもしろいもの、ささいなものまで
たくさんでてくる


私の中で、兄が存在し続けているということをまた認識するのでした。
亡くなった当初、残された家族はお互いを責めました。


なぜ、兄の変化に気がつけなかったんだ。
助けられなかったんだ。
こんなことになったのは、こんな家庭だからか?こんな親だからか?
こんな妹だからか?
兄の人生は死にたいほど、つまらないものだったのか?



そんな不毛な詮索や責任の押し付け合いは
もう死んじまった兄の、死を否定したかったからだと思う。
でも、もう彼の肉体が蘇ることはない。
死んじまったということを、自分で死んじまったということを
受け入れるしか、
残された者たちは、事実の上でまた生きていく、
それしかないんです。



兄は兄の人生の中で
自分が見たい景色を見て、体験したいことをし、
肉体での魂の学びを終えて、
そそくさと天国に逝っちまった。


けど、私の大事な兄で
両親にとって宝物であることに、この先も変わらない。
そう思うことにした頃に
少しだけ受け入れられたというのでしょうか。



ここらへんまで来るのにも、随分と時間がかかりました。
それが10年かぁ・・・・という感じです。



でも、実は今回の
下に引っ張られる感じの重ーい気持ちは
それだけでは解決されていなかったんです。


じゃあ。
中之上の中でずーーーっとくすぶっている重い鎖、
なんぞやね??



この機会に真剣に考えてみることにいたしました!

カナダで自分を見失っていた時にたどり着いた

スピリチュアルの動画で
インナーチャイルドを癒すというワークがありました。


その時の自分の本当に傷ついた部分をあぶり出す。
周りとの関係や状況で
” 仕方なかったんだ ” と自分を押し殺して
納得してないのに仕方なく蓋を閉めている負の感情を、引っ張り出して
今の自分が、当時の自分を認めてあげて癒してあげるということらしいです。



兄の死から10年という、人間時間的には
ある意味一つの区切りと言える時間経過の今、
出会うべくして出会ったワークだったんだろうな、と思います。



当時の自分だけのために
自分だけの立場から
兄の死によってあぶり出された、嫌だったことを挙げてみました。


●兄の死後、家族がバラバラだった。
 一緒に兄の死の理由を考えるでもなく、傷を癒しあうでもなく
 お互いを責めた。お互いを拒否した。全員がひとりぼっちだった。


●母は、父と娘の中之上を
「不要」だと言い放った。「こんな家族ならいらない」と。
 自分が傷ついているとはいえ、なぜ夫や娘を執拗に傷つけたいのか
 納得がいかなかった。
 彼女は自分だけがかわいそうだと言わんばかりに、家族を攻め立てた。
 それが許せなかったし、とても悲しかった。



●親戚の人間がとても冷たかった。
 ある意味で、一生会うことも関わることもない他国の人間よりも
 心の距離は遠い人たちだと感じた。
 この人たちがこの世をさった時、きっと私は悲しくない、泣かないだろうと。
  


●兄の死によって、はっきりとあぶり出される夫婦の不仲。
いままで、子供達は我慢してきた。父に母に寄り添うために。
居心地の悪い場所で、長期間暮らさなければならなかった責任が
私たち兄妹のいったいどこにあったんだんだ?という怒りが込み上げてきた。
しかも、子供は願っても祈っても我慢しても行動しても
結局、両親の関係を変えることができないんだという絶望があった。



くすぶってたものを、具体的に自分で再認識できました。



ほんとあの頃、みんな嫌だったよねー
家族も親戚も友達も同僚も、みーーーんなのこと嫌いだったね
自分のことも嫌いだったね、だってすんごい虚しかったんだもんね


なんか心が変に冷静になっちゃって、冷淡な中之上がいたよねー
あたし、つらかったね
お兄ちゃんの辛さに寄り添う余裕もなかったよね
仕事もあの頃すんごいしんどかったしね、
よく我慢したよ
正直父と母、特に母のこと、許せてなかったんだね


なーんて、自分に心の中で話しかけてみる。




少し楽になった中之上なのでした。





震災では、本当にたくさんの方が亡くなられて
たくさんの絶望や悲しみがあり、今も続いていることと思います。


でも少し思うことは


震災という同じ理由で亡くなった方達は
ニュースで取り上げられ、たくさんのボランティアが集まって助け合い
みんなで乗り越えよう、風化させないで、共有しよう


そうやって支え合おうとする


でも、そうじゃない死に方
うちの兄の場合、とある日に自分で自分の命を絶った兄については


もう誰も言及しない。
親戚も、お葬式にきた友人も。


その悲しみとかは、お葬式以降は家族だけのもの?
ちょっと悲しいなと思ったのでした。





数年前のことです。
3月の土日に、友人同士で集まろうという話になった。
中之上が
「この日は、家の用事があるから難しいかな」
こう断った。


あるA子は、そのあとに個別でメールをくれた。
「用事ってお兄さんの法事だよね、この時期なのに気がつかなくてごめんね。」


そしてあるB子は
「家?親戚の集まりでもあんの?おつかれ!」



二人とも当時、兄のお葬式にきてくれた。
当時は友人としても結構付き合いも深かった。(と思う)



正直、B子にはがっかりした。
B子とは、バイトも学校も一緒だったし、恋愛や友達のこと、
家族のことだってなんだっていっぱい話した。
親友だとおもってた。


お葬式の時は、すごく神妙な面持ちで寄り添うような言葉をたくさんかけてくれたけど
結局B子にとって、中之上の兄の命日なんて知ったことではないだろうし
もう終わった行事でしかなくて
関係ないんだろうなー。B子も悪気はないわけで。
私だって、大切な誰かを失った人に
同じ対応をしてしまっている可能性だってある。



でもなんかな・・・・
やっぱり他人は他人だわ、と。



この出来事からの感情も、早く手放しちまいたいけど。
いまの中之上のキャパでは・・・・すぐは無理かな。
それも致し方ない。


と思うのでした。






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